抜粋。インテグラルヨーガから。
カテゴリー:Blog
投稿日時:2012年3月12日

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インテグラルヨーガの中での部分だけれど
シュリー、ラーマクリシュナ パラマハンサ師が
美しいたとえ話をしている。

あるとき、数人の人が、美しい庭園を訪ねて行った。
そこにはとてもすばらしい、大きな果物が実っていると
聞いたからだ。しかしその庭は、高い塀でまわりがすっかり
取り囲まれており、中がどうなっているか見ることすらできなかった。

中の一人が苦心してやっと塀の上によじ登り、中を見た。

そして彼は果物のあまりのよい香りに、見るが早いかすぐに中に飛び込んでしまった。
次の登った人も同じようにすぐに飛び込んだ。

最後の三人目の人がよじ登った
そして彼はそれを見て、「わぁすごい!でも私は飛び込んでも
いいのだろうか? 下には、お腹を空かせて、ここに何があるのかも
どうして登ったらいいかのかも知らない人々がたくさんいるー」と思った。

そこで彼は、塀の上にとどまって言った、
「おーい、ここには沢山の果物があるぞ。登っておいで。
 一所懸命がんばれば、君たちも私のように登って来られる。」

彼は人々に手を貸して引き上げたー。
このような人々が師と呼ばれるのである。

彼はそこに何があるのかを知っているが、自分だけそこへ行ってそれを
味わおうとは思わない。彼らは、できるだけ多くの人々を、自分の力に
応じて引き上げるために、待っていようと思う。

そしてそのような配慮をするのは、宇宙的な意思、宇宙的な法則である。
そしてまた、そうゆう人がその塀を飛び越えてしまいたいと思っても、
(神)は「だめだ、おまえはそこにとどまれ。おまえは飛び込んではならない。
そこで人々の手助けをせよ。それがすむまでは飛び込むことはまかりならぬ」

と言われるのだ。彼らはそうゆう宇宙の法則には、従うより他ない。

(インテグラルヨーガの一部から抜粋)

この部分を何回読んでも、素敵な話だと
キュン、キュンしてしまう。

いろんなたとえ話があるなかで自分に響くものは
読む時期、人が違えば違ってくるかもしれないけれど、
昔は他の部分にキュンと来て読み返したけれど
今回はこの部分が特に又何回もインドで読み返したくなっている。

ヴェーダーンタで習った解釈と違う部分もあったりで
全部が全部信じきっているわけではない部分もあったりするけれど
面白く読めてわかりやすい解説がついているので、
興味ある方は是非是非。

パタンジャリのヨーガスートラ インテグラルヨーガで
書店やネットで購入出来ると思います。

  愛 in リシケシ

スワミ サッチダーナンダ著

小林愛HP
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